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11月直書き御朱印のお知らせ

◆日時◆

11月1日(土) 9時〜15時半迄

11月2日(日)9時〜16時迄


◆場所◆

養徳院 書院「帯谷庵」


◆御朱印◆

【見開き】

勝手なもので あんたがわしを 布袋にした

契此(かいし)という実在した禅僧がモデルとなっているのが布袋さんです。福々しくでっぷりとした巨漢で物乞いをして歩き、頂いたものは大きな袋に詰め込んで、何かを必要とする人がいれば頂いたものの中から分け与えていたそうです。素直な気持ちの持ち主で、人々を満ち足りた心に導く不思議な力を持っていたとも言われています。そのようなことから弥勒菩薩の化身と中国では信仰されているのが布袋さんです。

確かに実在した人ではありますが、弥勒菩薩の化身だと騒いだのは契此を見た人々です。彼の行動、立ち居振る舞いを見て皆がそう望んだのです。契此からしたら知ったこっちゃない。人間は望み、願う形に都合よく脳内変換しがちな生き物です。よく回ればいいんですが、気持ちが不純であればそこに見返りや不満を言い出してしまう弱い生き物です。

契此からしたら「知ったこっちゃない」そんな御朱印です。

【片面】

まるさんかくしかく

仙厓和尚が描いた謎多き「まる さんかく しかく」を書きました。鈴木大拙氏はこれを「〇」は無限、「△」は「すべての形体の初め」、「□」は△を2つ重ねたものであり、「この二重過程は、無限に続き、無数の事象が生じる」と述べ、本作は「仙厓の描いた宇宙」だと言いました。また中山喜一郎氏は、仙厓は書簡で悟りに達することができていない自分のことを「三角」と呼んでおり、三密を全うした状況を円に見立てて自らその状態を目指すことを述べており、こうした仙厓の哲学が反映されていると言いました。因みに子供たちが見ると「おでん」だそうです。

私の考えは「見ようによっては何とでも捉えられる」そんな感じでしょうか。しかし「私はこう思う」というような、闊達な思考の働きを促すことこそ大切ではないでしょうか。もしかすると仙厓さんは、「〇△□」を見た人間が必死に考えている姿を見て微笑んでいる気がします。



喝~かつ~

我々を導くありとあらゆる働きを持ったものそれが「喝」です。言葉で「かぁーーつ!」と表現されますが発言するだけが喝ではありません。何か過ちを犯したときそれを取り繕おうとしたことはありませんか?それを見た本当に近しい人の行動は様々であると思います。優しく諭す、厳しく叱責する、ただただ本人が謝るのを待つ、何も言わず立ち去る。その行いを見て大変なことをしてしまったと過ちを犯した人間が痛感したのならその全てが喝なのです。喝を入れるという言葉に惑わされてはいけません。何が大切なのかそれが分かれば喝とは何かが分かるのです。



◆日時◆

10月4日(土)9月~15時半

5日(日)9時〜16時

◆場所◆

養徳院 書院 帯谷庵

◆御朱印◆

見開き

時時勤払拭~時々に勤めて払拭せよ~

身是菩提樹。

心如明鏡台。

時時勤拂拭。

勿使惹塵埃

身は是れ菩提樹

心は明鏡台の如し

時時に勤めて拂拭して

塵埃を惹かしむること勿れ

これは北宋禅の祖となる玉泉神秀が師匠の弘忍から悟りの境地を表現してみよという命を受けてしたためた詩です。常に心に積もる塵を払い続けよという意味合いです。まさに現代の我々に最も必要な言葉ではないでしょうか。我々の生きる現代はありとあらゆる便利にあふれています。その便利にかまけて人間力はどんどん低下する一方。当たり前に目の前にあるものが何とも有難いものだらけなのに、その有難さを当たり前だと感謝を忘れています。常に我々の中にある「我が儘」という塵あくたを払い続けなければなりません。


片面

平常心是道~びょうじょうしんこれどう~

へいじょうしんと一般的には読みますが我々禅宗ではびょうじょうしんと読みます。「当たり前の中に有難さが存在する」先日妻の実家の周りの一帯が落雷で停電しました。クーラーも冷蔵庫ももちろん動きません。京都の蒸し暑い夏の盛りの出来事ですからまあ辛いものです。我々が当たり前に付き合っているものがいかに有難いか再確認できる出来事でした。

悟りとは何か?その問いに南泉和尚は「平常心是道」と答えました。何気ない日常に悟りはあふれかえっている。それを見落としているのは我々なのです。日が昇り日が沈む、心地いい春に厳しい寒さの冬、新たな命が芽生えやがて年老いる、良いことと悪いこと。これを感じる心が我々にあるのは双方を知っているからです。良い時もあれば悪い時もある、苦しいこともあれば楽しいこともある。どちらかだけではこの当たり前にすら気付けません。様々な出来事が起こるこの世こそ有難い学びの場なのです。このことに心から感謝することが出来た時我々の心は本当の意味で晴れやかになるのです。

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