- 10月7日
迷己逐物
迷己(めいこ)とは自分自身の本質や方向性を見失い、迷ってしまうこと。逐物(ちくぶつ)は外的世界にある物質的なもの、人の心を引きつける現象や出来事を追い求めることです。
咲いた花を見て喜ぶ心があるのなら、咲かせた根っこの恩も知っている。しかし我々はきれいな花しか目に留まらないことが多いと思いませんか。春、日本各地で菜の花が咲き乱れる畑に多くの人がカメラをもって押しかけます。きれいな花が咲いている時は賑やかですが、畑の緑肥となってしまえばだれも見向きもしません。菜の花の有難さは見て美しいなんてことではなく、その命が肥料となり、転作障害を起こさないという何とも有難い存在なのです。
本来の面目は一体何なのか忘れて方向性を見失うのが人間です。自身の為にしていたことがいつしか変わってしまう。人に認めてもらいたくて自身の人生の舵を取ることは間違いです。菜の花を畑に咲かせたのに、その後何も作物を育てなければ本末転倒。自身の生活に似たような話はありませんか?我々が追い求めなければならないものは一体何でしょう。其々が一人一人向き合わなければなりません。




