7月の御朱印ご案内
- 2 日前
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7月直書き御朱印
◆日時◆
7月4日(土)5日(日)
午前9時~午後4時迄
◆場所◆
養徳院 書院「帯谷庵」
【黄鶴一去不復返-こうかくひとたびさってまたかえらず-】
黄色い鶴は、一度去ったきり二度と帰ってこないという意味です。湖北省武漢市長江南岸蛇山の西端に黄鶴楼という楼閣がありました。昔、この地に酒場があり、毎日のようにある老人が来て酒を飲んでは酒代を払わず帰ってました。しかしその酒場の主人はいやな顔もせずいつも飲ませていたのです。
半年程して老人は酒代の代わりにといって橘の皮で黄色い鶴を描き、その鶴が客の歌にあわせて踊りだすというので評判になり店は大繁盛します。このことで酒場の主人は巨満の富を築きました。十年のち老人が再び現れ、笛を吹くと白雲が湧きおこり、老人は鶴に乗って飛び去っていきました。酒場の主人は酒場のあったところに楼閣を建て、その楼閣に「黄鶴楼」と名をつけたという伝説が今に残ります。
黄色い鶴とそれを書いた老人は酒場にとって大変有難いものと人でしたが、去ってしまっては名声を残すだけです。つまりこのお話で言いたいことは「過ぎ去った時間や失ったものは二度と帰ってこない」ということです。信頼や逢い難い出会いも、失っては取り戻すことは難しいですね。
【少水魚有楽-しょうすいのうおにたのしみあり-】
臨済宗妙心寺派の第2世である微妙大師(授翁宗弼)が残した禅の言葉です。今年は微妙大師が亡くなって650年の節目の年でもありこの語を選びました。
川が氾濫して後に水が引くといずれは枯れてしまう水たまりに魚が取り残されることがあります。自身は生きたいと思っていても水が枯れれば否応なしに死が訪れます。
この状況に微妙大師は自身の尽きゆく寿命を照らし合わせました。水たまりのようにいつかは尽きる命、そこで泳ぐ魚の如き自身、今を精一杯に生きなければならない、そしてこの言葉を残されたのです。
将来が心配だと嘆いても何も変わりません。嘆く自分がいるのなら、何を今変えなければならないのか、一生懸命に生きなければならないはずです。
◆月替わり御朱印◆
【麻三斤-まさんぎん-】
ある僧が「仏とは何ですか?」と尋ねた際、中国・唐代の禅僧である洞山守初(とうざんしゅしょ)が「麻、三斤(=約1.8キログラムの麻)」と日常的な言葉で答えたエピソードとして知られている言葉です。「仏なんて三斤の麻、ちっぽけなもんだ。」これでは言葉が足りません。
仏様とはゴーダマ=シッダールタという約2500年前に実在した人物です。しかし誰もが逃げられない生老病死という苦しみと向き合い続けて悟りを開かれた偉大な仏教の開祖様です。
大世界のちっぽけな存在である一人間が、今を生きる我々と同じ人間がそのような大人物となったのです。仏のみならず人間はみな麻三斤の存在です。「勝手な理想や空想を追いかけていては本当の素晴らしさには気付けんぞ!」洞山和尚の麻三斤の一喝は聞いた我々の背筋をピッと正してくれます。



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