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26・27日の直書き御朱印のご案内です。お陰様で明日の18日から養徳院も対面での対応が出来るようになります。皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。

春来草自生 (春来たりて草自ずから生ず)

「寒いなぁ、寒いなぁ」私は冬に当たり前なのに気が付けば言っています。情けないと恥じ入るばかりです。夏になれば「暑いなぁ、暑いなぁ」と、穴があったら入りたいですね。いずれ季節は巡り、気候も巡るのに、大自然は何一つ文句など言わないのに、人間とはなんと情けない。

春が来れば地面から草が生えてくる。一生懸命に耐えたからこそ、その結果が自ずからついてくる。やるべきことがあるならば、なりたい自分があるならば、一生懸命精進する必要があるのです。松の芽生えを見てもそこに気付きがあるのです。


是百花魁(これ百花のさきがけ)

梅は寒さの残るこの時期に咲き始め、他の花々は追随するが如く咲きだします。ファーストペンギンなんて言葉があるそうです。氷山から一番最初に群れから飛び出し、海に飛び込むペンギンは一番外敵に狙われますがその勇気は凄いものであるというような意味だそうで、新たな世界に一歩踏み出すことは大変勇気がいることですが、その行動に心打たれる人は必ずついてくる。勇気が湧いてくる言葉です。


不苦者有智(智あれば苦しからず)

遠仁者疎道 不苦者有智「をにはそと ふくはうち」

落語の演目「一目上がり」より、語呂合わせではありますが良い言葉ですので、節分があったこの月の言葉とさせていただきました。そのまま読めば「仁に遠き者は道に疎し、苦しまざる者は智有り」ですが「鬼は外、福は内」とも読めます。

思いやりが無ければ、生きていても不平不満ばかり言い満ち足りない。苦しまない人はすでに智慧をえている人を指す。正にその通りで、心の中に巣食う貪瞋痴という鬼を滅するように向き合い生きていけば良いわけです。出来ない自分、うらやましい存在への嫉妬、変わろうとしない自分、変えることは自分にしか出来ない。そう思って来年から豆を撒いてみませんか?心の中の鬼は外です。

一昨日の7日、当院の住職が発熱をし、昨日PCR検査を受けましたところ陽性の診断となりました。それに伴い寺族一同濃厚接触者となりましたので、対面での対応が暫くできません。保健所からの連絡待ちでいつまで隔離期間を置く必要があるのか詳細が決まっておりませんが檀信徒の方々との面会、御朱印等の対面行事はかないません。

お墓参りはご自由にしていただけますのでよろしくお願い致します。皆様には大変ご迷惑、ご不便おかけいたしますが何卒ご容赦くださいませ。

豪華な屋敷も、みすぼらしいあばら屋にも自由自在に出入りするネズミを表すこの言葉。子年の色紙を今は亡き岫雲軒老大師に戴いた記憶がよみがえります。この心は我々禅僧のみならずこの世に生きる人間が持つべき大切な心ではないでしょうか?

いらぬプライドや意地で選り好みをして何もできずにいら立っている。そして何もできずに不平不満を口にしてはその現状に甘んじている。そんな経験をしたことは誰にでもあることではないでしょうか?色紙を書いてくださった岫雲軒老大師は誰とでも分け隔てなく、飾らず、気取らず、にこやかにお話をされるお方でした。その代わり修行僧に対しては厳しく誰もがピリッとした緊張に包まれるものがありました。一人の和尚としての姿、修行僧の指導をする老師としての姿、どちらの姿が本物の姿か?もちろんどちらも老大師の真のお姿です。

純心とはあるがまま、逢う人とは一つになって自他の壁を超えることであるということです。自分はこんな性格だから、自分は苦手だから、自分は分からないから、自分は、自分は、自分は、と言って向き合うことから逃げていては何も始まりません。多くの人が嫌がるネズミの姿を思い出してください。どんな所でも出没し、命を精一杯生きて、生き残るために必死に今を生きています。

コロナウイルスが猛威を振るう姿を見ると私はネズミに見えてしまいます。場所など気にせず自由自在、人間にとっては厄介な事この上ないですが、我々人間も自由自在の心をもって、自分勝手ではなく、自分に出来ることを自身の責任を持って向き合い、生きていかなければなりません。

一畜生と蔑み、卑しいと思うネズミからも気付きがある。その偏見をもって接している自身の卑しさを悔い改めて前に進むことが本当の意味での精進です。

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