瓦解体作業2022年8月29日養徳院本堂の屋根瓦がだいぶ外れて参りました。 主棟鬼飾りという鬼瓦の脇に位置する瓦には文化7年の物であるという彫りこみが見つかりました。1810年から現在に至るまで212年にわたり養徳院の屋根を守ってきていただいたのです。 お寺の屋根瓦の吹き替えは良く50年周期と伺うことがありますが、200年以上支えてくれたこの瓦を見るに当時の技術力は大変高く、継承されるべきものであると痛感いたしました。 建材にしても200年以上前の物を使用し、移築された本堂が解かれていく様子を見るともの悲しさと、これから200年以上どっしり皆様にひらかれた養徳院の本堂に生まれ変わる胸の高鳴りが同時にこみ上げてきます。 いいね! コメントする シェア
自分の命に手を合わせる2022年7月17日お墓参りにお越しになられればお墓に手を合わせます。当たり前のことですが一体何に、誰に手を合わせているのでしょう?「ご先祖様に手を合わせる」その通りですし、もちろん間違いではありません。目の前にあるお墓の下にはご先祖様の御遺骨が安置されており、亡くなった方々に対して手を合わせることは勿論尊い行いであります。 以前「千の風になって」という歌が世間をにぎわせました。「私のお墓の前で泣かないでください、そこに私はいません、眠ってなんかいません。」とても印象的なフレーズです。確かにそこにあるのはお骨であって、生前話した故人と会えるわけでも、話せるわけでもありません。「じゃあお墓に意味なんてないじゃないか」と仰る方もいるでしょう。生前の故人に会えない、話せないという観点だけを見れば確かにその通りです。しかしご先祖様に手を合わせるという事は「生きている我々の命が今ここに確かにある。」という事なのです。ご先祖様の誰か一人欠けていたら今の自分はいないのです。喜怒哀楽を表現することも、人との出会いも、人生に悩み、日常に苦しむことも出来ないのです。辛い思いをして、人生に向き合い、でも今ここに生きている事すら感じることが出来なかった。今生きている自身に感謝して精進を誓うことこそご先祖様を通じて今ある自身に手を合わせるという事なのです。これからお盆がやってきます。人間が一番当たり前になって気付いていない自分が生きているという事はどういうことなのか?手を合わせるたびに向き合い考えてください。有難いのは今を生きている自分の命が一つしかないこと。この世にこれ以上の宝はないのですから