第七回「坊さんが話す。坊さんと話す。」


皆さまのご参加賜りましてありがとうございます。

学びの姿勢、色々あるかとは思いますが、今回お話した内容はこんな感じです。

自ら疑い、信じ、突き進む、すべての決断は自分が下す。決して他の意見を無視するのではない。他の意見を一旦受け入れ、自分の中に落とし込み向き合い拈提する。そこで自分がなすべきことを決断するのであるから決して他の意見に依存するのではないのです。

人生の「主人公」はその人生を生きる自分自身が「主人公」であります。「主人公」である自分自身を中心に据えて生きることこそが学びの姿勢ではないでしょうか。

そこで一つの禅的思想を皆様に紹介させていただきました。「大疑団」・「大信根」・「大憤志」この三つをもって学びの姿勢を形成する方法です。

修行道場では徹底的に自己を否定される事により大疑団を抱き、そこから始まります。所作を一から修行道場の型にはめられ、型と違うことをすれば徹底的に否定される。その中で自分自身に果たして禅の道を進むことが出来るのか?貫けるのか悩み、苦しみながらも、今一秒精進することすら出来ずに何が修行であるかと「生死事大」が説く意味に気づくのです。そうすればなにがなんでも自分はやり抜くぞ、という「吾道一以貫之」のもと大信根を得ます。如何なる事が起きても「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」即今只今、今を全力で、大憤志(大勇猛心)で日々を精進することにつながります。

この過程は禅宗坊主でない一般の人々の人生にも当てはめることが出来ます。初めは右も左もわからない人に、経験を積んだ者が指摘をしていく形で一つの型を教えるでしょう。この過程で今までの経験則で対応できる事、出来ないことがでてくる訳であります。出来ないことがあるとそこで今までの経験が役に立たないと悲観的になってしまう。しかしそれこそが新しい段階に移行できるようになる好機なのです。今の自分に出来ないことと直面することは今の自分を昇華させる機会であるということです。だからこそ学び、精進する。まさに「大信根」を得たのであります。自分自身を信じて現状を正しく捉え、学びの姿勢を持つことにより今まで見えていなかった景色が広がり、許容範囲もそれと同時に広がるのです。そうなれば「大憤志」、己を信じて突き進むことを徹底して目の前の壁に対して向き合い、乗り越える力を得ることが出来ます。言葉で表すならば以上のことが禅的思想を基に構築した学びの姿勢であるとお話させていただきました。

6月に入ると私自身、コロナの関係で今まで延期していた法要、学校の再開等で開催のスパンが長くなると思いますが必ず続けていきたいと思います。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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