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養徳院が創建されて450年が経ちます。その記念事業として永代供養塔「寂静の塔」を建立いたしました。近年のお墓と納骨の概念は変わりつつあります。

「子供に心配や負担をかけず、安心して無縁墓にならないように守りたい」家族の安らぎの場であり、社会の要望に合わせた新しい永代供養墓です。

お墓の在り方は時代を経て様々な形が存在しております。どのようにご先祖様と向き合う場所を創るか?その問いに向き合うことが目まぐるしく忙しい現代社会において大切ではないでしょうか?

我々は皆様のご先祖様との向き合う場所づくりを大切に考えております。今生きている命は脈々と受け継がれたものであることに変わりはありません。ご先祖様に手を合わし、今生きているこの命に感謝する。命ある限り精進する思いを強く持っていただける場所を大切にしたいと思っております。

お問い合わせはホームページの「お問い合わせ」若しくはお電話で受け付けております。お気軽にご連絡くださいませ。




な蔓延防止等重点措置も明けましたので4月より第一週の土曜,日曜に授与日を戻させて戴きます。

この世の命はみな尊い


お釈迦様がお生まれになって発した言葉「天上天下唯我独尊」。流石に生まれて七歩歩き、天地を指さしこう仰ったのは伝説であり、事実ではないでしょう。しかしながらこの逸話には釈尊の重要な教えが込められております。

六道の輪廻を抜けて仏となることが七歩に込められ、どのような命もかけがえのない命であることを説かれたのです。蔑まれる命などなく、また優遇される命もない。皆平等であることを本当に理解することが大切なのです。


釋尊(しゃくそん)


釈迦族の尊い聖者という意味の「釈迦牟尼世尊」を省略して釈尊と言います。正にお釈迦様の事であります。お釈迦様は神様ではありません。2500年前に実在し、我々と同じ生身の人間でこの世に生を受けらました。釈尊の心と同じものが我々人間にはあるのです。多くの人を慈しみ、愛する心は何も特別なものではありません。育むか、見逃し我欲に生きるかで晴れも曇りも致します。

自身に宿る仏の心に触れましょう。


拈華微笑(ねんげみしょう)


霊鷲山(りょうじゅせん)の山頂で大衆に向かって説法をされたお釈迦様は一言も発せずただ華をかかげられました。迦葉尊者のみが大衆の中で微笑み、それを見てお釈迦様は法(教え)が伝わったと言い迦葉尊者に跡を任せるのです。

諸説ありますがこれは縛られず、自由な心を大切にするという事であると思います。お釈迦様の素晴らしい教えが言葉で聞けるという考え方はある意味縛られたものです。その姿、その振る舞いも説法であるかもしれない。ましてや教えよりも何よりもお釈迦様を見つめる心が大切であり、それを徹底した迦葉尊者は花の美しさに素直に破顔一笑したのです。とらわれない心を持ちましょう。私たちの五感を養いましょう。

昨日は養徳院の春期彼岸会の法要を執り行いました。お参りいただける方には墓地にて諷経をさせていただき、御来院が叶わない方にはオンラインにて法要を執り行わせていただきました。

1日も早い日常を心から願うと共に皆様のお心が穏やかであることを祈念いたしております。


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