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一禅僧として

京都府では緊急事態宣言の延長が決まりました。不要不急の外出を控え、飲食店ではお酒の提供がなくなりました。こういった時お寺が皆様の心の拠り所になるべきではないのか?何が出来るのか?このことが私の頭の中でグルグルと回り続けます。コロナウイルスが出てきてからずっと向き合い、考えざるを得ない課題でした。

「少しでも早い終息の為に私が出来ることを全うする。」これしかないのです。世間体なんて一切関係ない。感染者が増える現実を自分の眼で見て、感じたことを大切にどう動くか?答えは一つ「人を集める行事を中止する」これしかないのです。家から直接車でお寺まで来れる人で一切その間に人との接触をすることなく動ける人ならば危険はゼロに等しいでしょう。ですが全ての人が出来ますか?そのようなことはあり得ません。公共交通機関を使い、どう考えても換気の悪い状況に身を置けばリスクは上がります。

「お寺で手を合わせたい、お墓参りがしたい。」その思いは誠に尊い心です。その信仰心を否定など出来るわけがありません。しかしながら大勢がひしめく電車・地下鉄・バスに乗り、万が一コロナウイルスに感染して、その命が奪われる可能性があるのなら話は別です。

今を生きる人間があってこそ拝む姿があるのです、祈る姿が尊いのです。当初から言われている通り人が動けばウイルスも動くのです。感染をこれ以上拡大させないためには「ロックダウン」しかありません。どう足掻こうが感染を防ぐ一番の手段はこれしかないでしょう。

それでも経済を回さなければならないと考える人もいる。否定はいたしません。その信念の旗の下精進されている人を批判などできません。しかし私は感染拡大を抑えることの方が大切であると考えます。皆様におかれましても多くの考えがあり、悩まれていることと思いますが、自分の信念の下ご自身で決断され、その道を全うすることこそ今のような状況下では一番大切であります。これは決して自分勝手ではありません。なぜならば「世間の常識」という言い訳が出来ないのですから。普段の生活において自身が出来る限りの取り組みを全力で、全責任を背負う気概で参りましょう。

個性や性格という言葉があるのは考え方が同じ人間がいないことの一番の証拠です。世界に数多の宗教が存在し、文化があり、思想があり、風習があるのはその証明です。誰一人として同じ考えの人間などおりません。人間は弱い、だからこそ寄り添い高め合うのです。なれ合うのではありません。偉そうなことを申し上げましたが今こそ根本とは何か?皆々様が向き合われることを強く求めます。皆様の御体が健やかなることを祈念いたしております。どうか皆様自身の御体を一番に御自愛のほど宜しくお願い申し上げます。

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令和6年度 うちわまつりのお知らせ

息災を願う うちわまつり ​ー 千里同風 ー この夏も皆様の無病息災を願って、美しい散華型の厄除けうちわ守りを授与いたします 午前8時30分より大雄院本堂にて厄除け法要を行います。ご参加ください。また、3ヶ寺それぞれで特別御朱印を授与させていただきます うちわを仰いで暑気払いしながら厄除けの御利益を受けられて下さい 御朱印授与なく、うちわ守りのみの授与もございます。 今年は7/7の七夕に夜の部も行

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